かもふぉと!
1993.9.30に購入してからの記録です。 「バイクなんて花火みたいなもの。 転倒すれば色や仕様は
変わってしまう。 せめて写真だけでも・・・。」ってレースをやっていた時に思ってましたね。 飾り物には決
してしない。 いつでも走る楽しさを追求してきました。 私なりに進化させたつもりですがあなたの目には
どう映るでしょう?(画像にリンクが張られているものがあります)
記念すべき1号機は、新車で購入しました。 結局、新車で買ったのはこれ1台です。 購入時にサービスマニュアル・パーツリストを付けろだの、ペダル・レバー類のスペアーを付けろだの散々わがままいって買いました。 (長い付き合いになるとは考えもせず…) 買って2日とたたずにばらばらにし、グリスアップとトルク数値をサービスマニュアルを見ながら決めていました。

'93〜
写真は新車購入から一年後。 雑誌では色々特集されたがレース用パーツばかりで公道用の安価なパーツの販売はとても少なかった。 特に250用はレース用としても350共用でしか出ておらず外見では何も変わっていないように見える。  メッシュホースはワンオフで作ってもらい。  マフラーは調整の効くトラップのメガホンに変更。  それに伴いキャブセットを変更し、パワーフィルターに変更。   メンテナンス性と軽量化を考慮し、サイドカバーなどをFRPに変更。常時点灯ライトをOW01の右SWに変更し、ON・OFFの切替可能にした。  この後、自宅駐車場で盗難され数ヵ月後、原型を留めず豊田市で発見。
 350用ブルメタ仕様に変更2度ほど転倒し、そのうち1度はダンプの下敷きでOHし、1年間ほど放置。

’97
レース場へ一緒に行ってた子達が公道車を購入したので再度組み直し。外装は全損していたのですべて交換(アッパーXJR用NK・Fフェンダーバンテッド用・シートカウルRS125用)メーターはDRデジタルメーターを中古で手に入れた。
  メインハーネスは使い物にならないように切ってしまったので大須の電気街で購入し、旧コネクターを流用したオリジナル。    Fホークの調整にRFのイニシャルアジャスタ-を取り付けた。エンジンの組み直しが気になってかヨシムラのテンプメーターをつけている。タイヤはこのころからTT900を使用するようになった。

’98
 前年のカラーが気に入らず黄色に木目を描いてみた。 バイク屋でプロトの営業の人にほめられ嬉しかったのと子供たちが手を振ってくれたのを覚えている。 転倒時のキズ防止でカーボンマフラーにアルミカバーを、靴溶け防止にヒートガードを取り付けた。テンプメーターより油音が結構高いことが判ったのでアッパーカウル内にオイルクーラーを設置した。結果良好!キャブレターをTMRに変更(調整困難)。左SWをガンマのSWに変更。

’98
.NSR50も同色にしたが8耐で廃車、新車に替わりました。

’99 (カスタムバーニング9月号掲載)
 エアブラシによるラッカー塗装。  確か、この塗装の最中にシャボン玉(アクティブ)で雑誌のミーティングがあることを知り、乗ってきたトランポからシートとアッパーの無い車体を下ろし、参加し、アクセルターンやドリフトさせたら会場が引いてしまい自粛した覚えがある。 その会場でミーティング参加者から塗装の反響もぼちぼち。このころからタイヤはGPR70を使用。 ちなみに後ろにあるのはYZ250。燃費も走りっぷりも大胆でした。引越して駐車場がなくなったからあげてしまった。

2000
’99年末にダートクールに2週連続ヘルメットを載せ。塗装依頼が東京方面から殺到。  同時期に自動車レース用のヘルメットの依頼をお店から依頼されるようになり、サラリーマンとの二足の草鞋のキツさで両方断った。 そのとき塗ったもので車両用のウレタンでオリジナルカラーを作り塗ったものだが、疲れのせいかテクニックは上がっているがインパクトの無いものになってしまった。 エンジンも2回積み替えるといった異例な出来事もあり。良い印象がない。変わったといえばオーリンズのリヤサスを投入したくらいだ。 7は7年目の7です。
1号エンジン焼付き、2号機(’94赤グー350)の2号エンジンに積み替え・・・バルブ折損
SBSにて3号エンジン(250)購入。 圧縮UPして積載

2001赤です。上の写真は大変なことが起こる数日前の写真です。
予期せぬ出来事があり、5月には車体ごと交換(250cc:4号機)。知り合いに見せても判らないくらいの同じ雰囲気のモデルかも2号が完成! 全国ミには何とか間に合いましたがセッティングまでは出せませんでした。 エンジンもどノーマル。
スペシャルエディション(350黄/黒)の5号機を購入。

新2号エンジンとして453ccにチューニング積替
kamoshopのパーツ販売目的に6・7号機購入(’92青ぐー)

7号エンジンを販売し、8号ジェベルエンジン引取

2002
新2号エンジンも快調。 10号エンジンに途中切替、新2号エンジン再チューニング実施。塗装は少し変えた程度でした。ぜんぜん暇がなかったので・・・。
4号エンジン販売し、9号エンジン引取り(焼付が酷く、使い物になりません。)
シングルレースでは有名なバイクショップで組んでもらったという10号機を大阪で購入。

矢作にて
2003
kamoshopでカスタムパーツが欲しいという依頼があり、幾つかバイク屋を回って見つけた車体が11号です。 今考えるとジムカーナーをするには丁度良い車体でした。 乗ってみても愉しかったです。
某社社員の方から、「買ってくれないかなぁ〜」って頼まれた車体。 話を聞くとなんとも面白く、乗ってみたくなり、買っちゃいました。 これが12号
BIKERS
STATION
の「本誌Goose計画」で作られた公道仕様のGooseがこれです。 NRS青島一夫さんから直接買いました。 13号
2台のお客さまのバイクを修理するために購入した14号。 面白いところはキタコのコイルとスパークケーブルが使われていたことですかなね。 ノーマルと言っていいでしょう。

2004 かも号は冷却見直しのためOHイベントには13号を出していました。
15号は250cc。 実は私が直したバイクだったのですが、年末事故にあって全損。私が引き取ることとなりました。 1/6納車 レポ後解体されました。
16号を10月に購入。 センスは無いが付いているパーツに興味を持った1台。 交通事故がこの時頻繁に起こり、いつもは一度走行できるようにしてからkamoshopで販売するのだが走行テスト前に多くのパーツが事故車使われた車体です。


これだけでもかなりの金額!
2005 かも号3回目のフレーム交換(1/10),13号も進展あり
17号の公開許可がおりました。(2005.4.9より)
NRS田中号でした。
1/10基本整備実施。 長いことエンジンをかけていないとのことでしたが素直にかかってくれました。
たぶんNS1クラスで参戦したと思われる車体です
これが18号
TIでちょっとだけ走っていた車両が19号です
東京のオーナが維持できなくなったと聞き、頂いた車体です。20号


200613号はこの年も改良を続けています
21号が入ってきました。 
H21.6.12 O/H結構ぼろぼろでした。
純正ベースとして保管しようと考えてましたが
全部O/Hしないと出来ないと判断しました。
22号は見ての通りいじって元に戻らない状態。OHしてパーツ取り車になる予定。
2007.3OH実施
メンテナンスや故障時の修理を考えていないハーネスのまとめ方や多くだめにしたボルトがあり、勿体無い車体だと感じました。 アイディアは面白いのですがね。

2007
23号はノーマル250です。 
24号 大阪のオーナーに売っていただいた車両です
25号 この車体は私自身何度も修理した車体なので思い入れもあるのですが、部品を欲しがる方が多いことより皆様に役立てる為OHすることとなりました。

2008
- Gooseでレースをやめた知人から20万円分250cc純正パーツを購入
(H20.4.14)
中部支部リーダーがGooseからGPZ250に乗り換えることとなり
10万円分パーツ購入
(H20.8.4)
神奈川へ取に行った26号です。始動は出来るがオイルが漏れるとの事
H21.6.11 O/H実施
部品は面白かったです
27号は26号と一緒に持って来ました。部品取りでこの他純正部品が複数付いてきました
H20.10.21持って帰ったその日にO/H済み


200913号はこの年も改良を続けています
28号は八王子まで当サイトを見たオーナーが売ってくれました。
(2009.6.19)
29号(ジレラ サトゥルノ I.O.M ’89 赤)
群馬県のバイク屋 セコンドノーマで購入
(2009.6.27)

20年前の車両にしては綺麗でした。
30号は何度も修理を手伝ったこのマシーン。



2010  17号メンテナンス
31号Gooseを知るためにDR250s購入


13号定期点検の様子
2011
32号は250ccです
33号も250ccです

2012
SW-1

2014
KSR-U 80

2015
34号は放置車両350cc
放置車はどこが悪くなる?
検証用に6万も払いました

2016
35号は2台分の部品と一緒に京都から部品とともに運ばれました
36号はClubman誌2002年1月
掲載の神戸ユニコーン車両
37号は神奈川県のオーナーがエンジンが故障した為kamoairへ買ってくれないかと仰ったため購入することTになりました
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